大野眞嗣
最近、日本においてロシア人のピアニストやピアノ教師が多数来日し、演奏やレッスンに接する機会が増え、より注目されるようになってきました。その結果、「ロシアピアニズム」、「ロシア流派」、「ロシア奏法」、「ロシアン・スクール」といった言葉を耳にするようになりました。
しかし、現代ピアノ奏法という観点から世界の現状を考えたときに、そのような表現で一つにまとめてしまうことに対して、私は違和感を覚えます。こう申し上げると、トップページの副題と矛盾すると感じられる方もいると思います。
もちろん、当初は、私自身も色々な状況がわからなかったので、「ロシア流」という言葉で単純にとらえていましたし、そのような伝統があることを今でも否定はしません。
しかし、経験を重ねるにつれて、「ロシア流」と感じられる演奏の範囲が広がり、遂には、そのようなピアニズムは世界的に見て、比較的ロシア人のピアニストに多く存在するだけであって、例えロシア人であっても、実際には一人一人の演奏や考え方も違いますし、既にロシア人だけのものではないと思うように至ったのです。
今になって思うのは、多くの国籍、多くのピアニストやピアノ教師たちが、美しい響きと合理的な現代ピアノ奏法というものを実践し音楽を作っていると思います。ですから、あえて「ロシア流」という言葉に執着するのではなく、「響きで弾く奏法」、「合理的な奏法」、もしくは「現代ピアノ奏法」という言葉でとらえたほうが、私には自然に感じます。
現に私も日本人でありながら、研究、そして教師という立場でそれらを実践してきました。その間には紆余曲折もありましたが、早いもので15年の月日が経ち、そろそろある程度の考えがまとまってきたことを実感しています。このページをご覧になる方にとって、このようなピアニズムに興味を持つきっかけとなり、日本においても、より研究が盛んになれば幸いです。